先行又は公知の発明に上位概念が記載され、その上位概念に含まれる下位概念のみを構成要件の全部又は一部とする、いわゆる「選択発明」の進歩性に関して、韓国裁判所は、「選択発明に含まれる下位概念の全てが先行発明の効果と質的に異なる効果を有しているか、質的な違いがなくても量的に顕著な違いがあるべきであり、この場合、選択発明における発明の詳細な説明には、先行発明に比べて前記のような効果があることを明確に記載しなければならない」との判断基準を示している(大法院2009.10.15.宣告2008Hu736、743判決等)。
最近、大法院は、このように選択発明の効果の顕著性有無によって進歩性を判断することは、選択発明の構成の困難性が認められ難い事案において、効果の顕著性があれば進歩性が否定されないとの趣旨であるので、単に先行発明に選択発明の上位概念が公知されているとはいえ、構成の困難性に関する検討をしないまま、効果の顕著性有無のみに基いて進歩性を判断してはならないと述べ、先行発明から構成を想到することが容易でないと見受けられる選択発明に対しては、その進歩性を認めた(大法院2021.4.8.宣告2019Hu10609判決)。
▶ 事件の背景
本件特許は、第Xa因子抑制剤として有用な新たなラクタム含有化合物及びその誘導体等を提供するものであって、ラクタム環()を有する化合物が第Xa因子抑制剤として有用でかつ優れた薬物動態学的性質を有することを見出した点に発明の特徴がある。本件特許の特許請求の範囲第1項は、ラクタム環を有する化合物中、アピキサバン(
)及びその製薬上許容される塩に関するものである。
一方、本件特許の優先日前に公開された先行発明は、第Xa因子抑制剤として有用な新たな含窒素ヘテロ二環式化合物等を提供することを目的とし、これを達成するために、66個の含窒素ヘテロ二環式構造を母核として含む化合物群が第Xa因子抑制剤として有用であることを見出したことに発明の特徴がある。
先行発明は、66個の母核構造より選択される化合物及び各母核構造に適用され得る置換基の種類等を、マーカッシュ形式で記載された化学式を通じて多様に並べているので、母核構造の選択と各置換基の組合せによって理論上、数億個以上の化合物が該化学式に含まれ得る。
被告会社は、特許権者である原告を相手取って特許審判院に本件特許発明の進歩性が否定される旨主張をしながら無効審判を請求し、特許審判院は、本件特許発明は先行発明によって進歩性が否定されるとの理由で本件特許は無効である旨審決を下した。原告はそれに不服して特許法院に控訴した。
▶ 特許法院の判決
特許法院は、本件特許発明は先行発明に記載のマーカッシュ形式で記載された化学式とその置換基の範囲内に含まれる化合物に該当する選択発明であって、その明細書に記載されている効果を中心に厳格な特許要件を適用して特許性を判断すべきであると述べながら、本件特許発明が先行発明に比べて異質的な効果や量的に顕著な効果を有するという点が明細書に記載されておらず、かかる効果が認められ難いとの理由で本件特許発明の進歩性を否定した。
▶ 大法院の判決
しかしながら、大法院は、先行発明に選択発明の上位概念が公知されている場合にも、構成の困難性が認められる限り、その進歩性は否定されないことを明らかにした。よって、先行発明においてマーカッシュ形式で記載された化学式とその置換基の範囲内に理論上含まれるだけであって、具体的に開示されていない化合物を特許請求の範囲とする本件特許発明の場合も、その進歩性を判断する際には、まず構成の困難性を検討しなければならないと述べた。特に、本件特許発明の構成の困難性を判断するにあたっては、先行発明において、マーカッシュ形式で記載された化学式とその置換基の範囲内に理論上含まれ得る化合物の個数、通常の技術者が先行発明にマーカッシュ形式で記載された化合物中から特定の化合物や特定の置換基を優先的に又は容易に選択する事情や動機又は暗示の有無、先行発明に具体的に記載された化合物と特許発明の構造的類似性等を総合的に考慮しなければならないと語った。
なお、大法院は、発明の効果は、先行発明に理論的に含まれる数多い化合物中、特定の化合物を選択する動機や暗示がないため構成が困難な場合であるか否かを区別できる重要な指標になり得るとしながら、化学、医薬等の技術分野に属する発明は、構成のみで効果の予測が容易ではないので、先行発明から特許発明の構成要件が容易に想到されるか否かを判断する際に、発明の効果を参酌する必要があると判示した。
大法院は、先行発明に一般式で記載された化合物から本件第1項発明に至るためには、先行発明にマーカッシュ形式で記載された化合物中、優先順位無しに並べられた66個の母核中、特定の母核()を選択した上、再び前記母核構造の全ての置換基を特定の方式で同時に選択して組み合せなければならないとしながら、特に、本件第1項発明の効果を示す核心的な置換基と見られるラクタム環は、第1母核の置換基Aに連結された置換基Bの部分に位置すべきであるが、先行発明には、かかるラクタム環が具体的に開示されておらず、先行発明のより好ましい実施態様として記載された34個の母核構造において置換基Bで可能な多い構造中、ラクタム環を優先的に考慮すべき事情もなく、先行発明のさらに好ましい実施態様として記載された総107個の具体的化合物を検討しても、本件第1項発明と全体的に類似な構造を有するか置換基Bとしてラクタム環を有する化合物は見つからないことに注目した。
また、大法院は、本件特許発明の明細書の記載や出願後に提出された実験資料等に鑑みて、本件第1項発明は、公知の第Xa因子抑制剤と比較して改善したXa抑制活性及び選択性を有すること、改善した薬物動態学的効果を奏すること、また他の薬物との併用投与において改善した効果を見せることを確認した。
かかる事情をまとめて、大法院は、先行発明と本件第1項発明は注目している化合物及びその構造が異なり、本件第1項発明の構造を優先的に又は容易に選択する事情や、動機又は暗示があると見受け難いので、通常の技術者が先行発明から技術的価値のある最適の組合せを見出して、本件第1項発明に至るまでは数多い選択肢を組み合せながら、重なる試行錯誤を経なければならないと見られるとしつつ、本件第1項発明は、通常の技術者がその発明の内容を既に認識していることを前提とした後知恵によって判断しない限り、先行発明からその構成を想到することが容易であると見受けられず、改善した効果もあるところ、先行発明によって進歩性が否定されないと判断した。
そこで、大法院は、構成の困難性有無について十分な検討をしないまま、先行発明に比べて異質的な効果や量的に顕著な効果が認められ難いとの理由のみに基いて本件特許発明の進歩性を否定した特許法院の判決を破棄した。
▶ 本判決の意義
今回の大法院の判決により、選択発明における構成の困難性があるとき、先行発明に比べて異質的な効果や量的に顕著な効果が認められ難い場合にも進歩性が肯定され得るので、今後選択発明に係る特許登録率の増加や無効率の減少に繋がると見込まれる。