韓国大法院は、先行発明に公知となった化合物と結晶形態のみを異にする特定の結晶形の化合物を特許請求の範囲とするいわゆる結晶形発明は、特別な事情がない限り、先行発明に公知となった化合物が有する効果と質的に異なる効果を有しているか、質的な差がなくても量的に顕著な差がある場合に限ってその進歩性が否定されないと判断してきた(大法院2011.7.14.宣告2010Hu2865判等)。
最近、韓国大法院は、前述のような効果の顕著性をもって結晶形発明の進歩性を判断したケースは、結晶形発明のように医薬化合物分野に属する発明はその効果が先行発明に比べて顕著であれば、構成の困難性を推論する有力な資料になり得るので、構成の困難性の存否を効果の顕著性を中心に判断したものと解するべきと述べながら、通常の技術者が出願当時の技術水準に鑑みると、同一の化学構造であるものの、その形態が不明確な化合物を開示している先行発明から有利な効果(優れた熱力学的安定性及び低い吸湿性)を示す特定の結晶形発明を容易に想到できると断定することが難しい場合、効果の顕著性を示さないにも関わらず結晶形発明の進歩性を認めた(大法院2022.3.31.宣告2018Hu10923判決)。
▶ 事件の背景
イ.先行発明
先行発明は、哺乳類又は家禽類のパスツレラ症の治療又は予防のためのマクロライド系抗生剤であって、20,23-ジピペリジニル-5-O-マイカミノシル-タイロノライド(以下、「タイロシン」という)を開示しており、その製造実施例においてタイロシンの淡黄色固体化合物が得られたと記載されている。
ロ.出願発明
本件出願の特許請求の範囲第1項は、先行発明の化合物であるタイロシンと化学構造が同一であるが、5.0、9.0及び10.5° 2θのピークを含む粉末X線回折スペクトル値に特定された構成を有するタイロシン第Ⅰ型結晶形に関する発明である。
本件出願の明細書によると、本件第1項発明は、タイロシンの他の固体状形態よりも大気温度で高い安定性を保有して有益な熱力学性を示し、水分吸収性(吸湿性)が低く示されるタイロシン第Ⅰ型結晶形を提供することに技術的意義がある。本件出願の明細書と審査過程中に提出された実験資料によると、タイロシンの結晶形態として第Ⅰ~Ⅳ型が導き出され、そのうち第Ⅰ型結晶形はタイロシンの無定形又は他の結晶形に比べて熱力学的に安定し、吸湿性が低いことが分かる。
ハ.事件の経過
本件出願発明の先行発明に対する進歩性欠如の拒絶査定について拒絶査定不服審判を請求したものの、特許審判院は本件第1項発明が先行発明により容易に発明できるため、その進歩性が否定されるとの理由で審判請求を棄却する旨審決を下した。出願人はそれに不服して特許法院に審決取消訴訟を提起した。
▶ 特許法院の判決
特許法院は本件出願発明の進歩性を否定したが、その主な理由は下記のとおりである。
「通常の技術者であれば、先行発明に開示されたタイロシンが多様な結晶形として存在する可能性を十分に認識し、既に広く知られた結晶化方法を用いてタイロシンの全ての結晶多形体を検討することによって熱力学的に最も安定した結晶形を得ようと試みることが自明である。したがって、本件第1項発明のタイロシン第Ⅰ型結晶形も同技術分野において通常行われる範囲内の剤形化過程を経て最も安定した結晶形を見つけたものに過ぎない。また、タイロシン第Ⅰ型結晶形の優れた物理的安定性及び低い吸湿性は、通常の技術者が予測できない異質な効果や量的に顕著な水準に至る効果とは言えない。」
▶ 大法院の判決
大法院は結晶形発明の進歩性について下記のような判断基準を示した。
「医薬化合物の製剤設計のためにその化合物が多様な結晶形態を有するか等を検討する多形体スクリーニングは通常行われる実験ではあるものの、それだけで結晶形発明の構成の困難性が否定されると断定できず、先行発明の化合物の結晶多形性が知られていたのか若しくは予想されたのか、結晶形発明で請求する特定の結晶形に至ることができるという教示や暗示、動機付け等が先行発明に表されているのか、結晶形発明の特定の結晶形が先行発明の化合物に対する通常の多形体スクリーニングを通じて検査され得る結晶多形の範囲に含まれるのか、その特定の結晶形が予測できない有利な効果を奏するのか等を総合的に考慮して通常の技術者が先行発明から結晶形発明の構成を容易に想到できるかどうかを検討しなければならない。」
引き続き大法院は、前記進歩性の判断基準を本件に適用し、先行発明に開示されたタイロシンの形態が結晶形であるか無定形であるかが不明確であり、本件出願当時にタイロシンが多様な結晶形態を有するかが知られておらず、先行発明に開示されたタイロシン化合物と本件第1項発明の第Ⅰ型結晶形は、それぞれの形態を想到するための出発物質はもちろん、溶媒、温度、時間等の具体的な結晶化工程の変数が相違し、通常の技術者が結晶化工程の変数を適切に調節するか、通常の多形体スクリーニングを通じて先行発明から第Ⅰ型結晶形を容易に想到できるかが明確ではないと判断した。
また、本件出願の明細書には第Ⅰ型結晶形の優れた熱力学的安定性と低い吸湿性に対する具体的な実験結果が記載されているのに対し、先行発明にはこれと比較可能な実験結果が全く記載されていない点を考慮すると、第Ⅰ型結晶形の効果が先行発明から予測できる程度であると断定することは難しいと判断した。
このような事情を総合的に考慮して、大法院は、本件出願発明の内容を既に知っていることを前提として事後的に判断しない限り、通常の技術者が先行発明に基づいて本件第1項発明を容易に発明できると断定することは難しいと述べながら原審判決を破棄した。